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こらむ・シネマ百景 第150回 “トラVSウマ”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』


 香港返還前夜の中国を舞台に、望まれもしない女性連続殺人事件の捜査に自ら首を突っ込み、狂気じみたほど没入する警備員の運命の変転を、息の詰まる緊張感をみなぎらせ活写する『迫り来る嵐』。月日の経過を麻痺させるがごとく、全篇を通して延々と降りしきる雨が、社会を無慈悲に侵食していく時勢の変化に呑み込まれまいと、今いる場所に留まり続けるべく抵抗を試みる、生真面目すぎる正義漢の悲痛な胸中を代弁する。色々な意味で大きな転機となった近過去を回顧する形式をとることで、周囲には目もくれず犯人逮捕に執着するあまり、何よりも大切なものまで失ってしまう主人公の悔恨や絶望が、より増幅され切実に迫ってくる。ヒッチコックを彷彿とさせる徹底した一人称による、混沌とした美の匂い立つ魅惑的な映像が、"真相"などは無意味とばかりにそっちのけで蹴散らし、謎がさらなる謎を呼ぶひとの心の奥底へと誘う、東京国際映画祭W受賞ほか、数々の賞に輝いた力篇だ。


 ゆるいコメディから重厚な人間ドラマまで、多彩にして多作な堤幸彦監督が、人気作家・冲方丁の直木賞候補作に挑んだ『十二人の死にたい子どもたち』。それぞれに事情や悩みを抱えながら、"集団安楽死"なる聞き慣れない手段に光明を見出し、とある廃病院に集う若者たち。いばらの日々を生き続ける理由も見つからないが、ひとり密やかに自死を実行する度胸も覚悟もない、個を愛し孤立を恐れる現代っ子の面倒くさい特質が、招かれざる13人目の先客の存在によって、にわかに露呈していく。杉咲花、新田真剣佑ら売れっ子演技派と、潜在能力を秘めた新進俳優陣との混成チームが、相互に刺激し高め合いながら、白熱するアンサンブルを披露。彼らが好演するワケありの個性的なキャラクター同士が、各々の立場から意見を闘わせるうちに、死への衝動が、やがて生への渇望に転じていく。サスペンスタッチの心理戦として幕を開けるも、物騒なタイトルからは想像できない温かなものさえ込み上げる、ユニークな趣の青春映画に仕上がっていた。


 国や時代を超えて愛され続ける「ライ麦畑でつかまえて」を生んだ、J.D.サリンジャーの知られざる半生を、その一筋縄ではいかない内面にも肉迫し光を当てる『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』。入退学を繰り返しつつ、おのれの信念は曲げずに執筆に明け暮れるサリンジャーは、破天荒な青年時代や九死に一生を得た壮絶な戦場での体験なども血肉にし、遂に世紀のベストセラーを書き上げる。一躍時代の寵児となるも、ひとり歩きしながら膨らみ続ける反響や名声を浴び、次第に疲弊していくサリンジャーの姿が、やはり役者としては非凡なケヴィン・スペイシーふんする恩師との関係性の変化や、息子の才能に気づかない父親との確執などを通し、丹念に描出される。プライベートでの幸福よりも、身を切るような苦痛を伴う創作活動を選び、出版せずとも"書く"ことにこだわり続けたサリンジャーの矜持に、複雑な感慨を覚えつつも大いに鼓舞される、深い感銘を残す佳篇である。


(映画ライター 服部香穂里)

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