FC2ブログ

記事一覧

こらむ・シネマ百景 第162回 “いきどまりの先に”

刑務所に精通するTVマンと元犯罪者という異色コンビの共著で、英国推理作家協会賞など数々の賞を受賞した話題作を映画化した『THE INFORMER/三秒間の死角』。妻を守りたい一心で暴漢を殺めてしまった退役軍人が、愛する家族との暮らしを取り戻すべくFBIと秘密裏に手を組み、刑期を大幅に早めて出所。大物逮捕につながる情報を得るべく麻薬組織に潜入するも、最後のミッションとなるはずだった取引現場で予期せぬトラブルに巻き込まれ、生き地獄のごとき場所に再び収監されることになる。俳優として数々の作品に出演する傍ら、コロンビアの麻薬密売の裏側を冷徹なリアリティとともに炙り出す『エスコバル 楽園の掟』(14)で監督としても非凡な才能を発揮したアンドレア・ディ・ステファノは、何かと反目し合うFBIとNY市警との板挟みに遭いながらも、妻と娘との未来を諦めきれずに、一世一代の大博打に出る悲運の男の壮絶な軌跡を、非情な職務と道徳心との間で葛藤する女性FBI捜査官との関係を絡めつつ、緊迫感溢れるショットを重ねて活写。数々の逆境の中で前進を続ける孤高の勇姿に胸揺さぶられる、エンターテインメントの快作に仕上げた。

 風光明媚な海辺の街を舞台に、やんちゃ盛りの7歳の少年に複雑な想いを秘めた慈愛のまなざしを注ぐ、ふたりの女性の葛藤を細やかに描く『夕陽のあと』。都会の片隅で孤独と貧困に窮するあまり、生後間もない我が子を手放すしかなかった過去を悔いる産みの親と、ひとにも自然にも恵まれた環境にありながら、子を授かることだけままならなかった育ての親。ないものねだりをし合う両極端な“母”同士が真っ向から対峙する、子のいない身には時折取り残されたようにも感じられる、容易には解決策の見つかりそうにない八方塞がりの展開。息子を手に入れたいがために深い闇に陥りそうになる彼女たちを、幼なじみの幸せを願いつつ謎めいたよそ者に一途な好意を寄せる役場の職員や、常に冷静さを失わない嫁想いの義母ら、周囲の面々の公正な温かさが、光の射す方へと導く。完璧な親なんて、どこにもいない。地域住民間の関係性が希薄ないま、豊かな風土と、それを畏敬しつつ享受するひとたちが、血のつながりを超えて、ひとつひとつの生命を育むことの尊い意義を、とびっきりの瞬間を捉えた美しい映像の数々によって静かに謳う佳篇だ。

 混迷する現代社会に疑問を投げかけ続け、数々の賞を受賞してきたケン・ローチ監督が、集大成的な『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)に続きメガホンをとった『家族を想うとき』。10年前の銀行取り付け騒ぎで頓挫したマイホームの夢を捨てられないリッキーは、多くの担当者を献身的にケアする介護福祉士の妻の必須の移動手段であった車を売り、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立するが、分刻みの過酷なノルマに忙殺される父と、バス通いで余計な負担を強いられる母の帰りを待ちわびる多感な息子と娘は、複雑な心情を募らせていく。理不尽な社会で苦境にあえぐひとたちの動向を追いつつ、最後の最後に彼らを突き放すことで、わりきれない余韻とともに観客に深い思索を促そうと努めてきた英国の名匠が、引退宣言を取り下げてまで臨んだ本作では、そんな“寸止め”美学を潔く放棄。お互いに想い合っているのに、それぞれの愛情がすれ違ったり混線して、空中分解寸前の家族の顛末を時間いっぱいまで見届け、負のスパイラルに呑み込まれる労働者たちの悲痛な叫びを代弁してみせた、御年83歳にして新境地にも映る意欲作である。

 現在の中国に根深く巣食う様々な矛盾を、4人の老若男女が直面する波乱の一日を通して多面的に照射し、ベルリン国際映画祭で2冠に輝くなど映画賞を席巻した『象は静かに座っている』。因縁をつけられた友人に味方し、金持ちの放蕩息子を誤って階段から突き落としてしまった青年と、学校では彼に親しい素振りを見せつつ、校外では教師との不毛な関係を密かに続けることで空虚さを紛らす女子高生。無軌道な言動が災いして親友を死へと追いつめ、自責の念にさいなまれるアウトローと、同居する娘夫婦から施設送りを迫られている、愛犬だけが生きがいの老紳士。退廃的な空気の漂う寂れた片田舎で、やり場のない鬱屈を抱えて生きる彼らは、ロシアとの国境に面する満州里の動物園で一日中座っているとされる象を心の道しるべに、それぞれの暗澹たる境遇に抗い懸命に立ち向かっていく。鮮烈なデビューを飾った本作を撮り上げた直後に自ら命を絶ったフー・ボー監督が、切実感みなぎる各ショットに、全身全霊を捧げて紡いだ圧巻の234分は、眼前に広がる世界に希望を見出せずにいるひとたちの心を激しくざわつかせ、その奥底で息づき続けるに違いない。

(映画ライター 服部香穂里)

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント