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こらむ・シネマ百景 第148回 “君さえいれば…”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』


 いわゆる相思相愛の大恋愛が、幸福な結果を招くとは限らない。度々映像化されているトルストイ作の壮大なメロドラマ『アンナ・カレーニナ』の"その後"に思いを馳せることで、政府高官を夫にもつ人妻アンナと一世一代の恋におちてしまったヴロンスキーの視点から、古典文学の名作に新たな光を当てる注目作が『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』。軍医となったアンナの遺児と、すっかり貫録のついたヴロンスキーとの、不思議な運命に導かれた再会を発端に、数十年の歳月をダイナミックに行き来する中で、愛に純粋で情熱的であるがゆえに、移り気でエキセントリックでもあるアンナの暴走する激情をも丹念に描写。息子にも多くの謎と痛みを遺した彼女の鮮烈な死の真相が、今なお後悔や未練に支配され続ける最愛の男性の切実な願望も盛り込みつつ、ドラマティックに綴られていく。ひとや時間によって様々な表情を見せる不確かな"真実"よりも、一瞬でも愛し愛された、色褪せることのない記憶の中にこそロマンや美を見出そうとする、時代を越えて現代人にも強く訴えかけてくる文芸作品である。


 インド東北部のナガランド州を舞台に、歌が生活に深く根差した人たちの日常を瑞々しく映す、ユニークな音楽ドキュメンタリーが『あまねき旋律』。重労働を強いられる自給自足の暮らしも、仲間同士で声を幾重にも重ねつつ、互いを思いやり、心を通わせ、喜びも悲しみも分かち合えれば、過酷な日課の繰り返しでさえ、かけがえのないものになる。凄惨な体験もともに乗り越えてきた彼らの親密さが育む、譜面では表現し得ない微妙かつ絶妙なハーモニーにのせて、シンプルさの奥に哲学的な示唆を秘めた歌詞が、普遍的な説得力を伴いズシリと響く。当初は、様々なパフォーマンスの記録を目的に、インド各地をめぐるプロジェクトから派生したという本作。幸運な偶然にも恵まれたアヌシュカ・ミーナークシ&イーシュワル・シュリクマール監督は、骨の折れる農作業も、自らを鼓舞するがごとく唄い続けるうちに、見事にやり遂げてしまう村人たちの生命力に満ちた労働風景を、迷いのない長廻しで捉えていく。出演者の打ち解けた表情と名前をひとりひとり丁寧に撮り上げるエンドクレジットから覗く、被写体と監督コンビとの良好な関係も清々しい、山形国際ドキュメンタリー映画祭でW受賞を果たすなど各国で賞賛された好篇だ。


 岡本太郎に自身を投影する証言者らの生き生きした佇まいも印象的な、異色ドキュメンタリー『太陽の塔』(18)も記憶に新しい関根光才監督が、気鋭の劇作家でもある本谷有希子の同名小説を原作に、長篇劇場映画デビューを果たす『生きてるだけで、愛。』。情緒不安定で買い物すらもままならず、食っちゃ寝ばかりの女性ニートと、ゴシップ記事の執筆に忙殺される日常を、淡々と受け流す元文学青年との、同棲三年目のカップル。思いの丈を吐露し合うわけでもなく、ただそこにいるのが当たり前になってしまっただけの男女の、いかなる形容もしっくりこない惰性的な関係が、復縁を目論む狂気を秘めた元彼女の登場で、よくも悪くも揺らぎ始める。自分に正直に生きるあまり社会に適応できず、共感はおろか嫌悪感すら抱かせかねない破滅型のヒロインを、大物両親のDNAをいい意味で裏切る個性派・趣里が、何者にも媚びることなく全身全霊で熱演。忘れられない一夜から始まった、ふたりの歴史の次なるページが、愛とは何かを改めて問いかけてくる、余韻深い意欲作だ。


 典型的なヒーロー像を打ち破り続けるマーベル作品の中でも異彩を放つ、ダークな人気キャラクターの誕生譚を、ゾンビ映画なるジャンル映画の枠を飄々と飛び越えた『ゾンビランド』(09)のルーベン・フライシャー監督が、皮肉の利いたユーモア満載で豪快に実写化した『ヴェノム』。その類まれな眼力に作り手が魅了されるためか、『ダークナイト ライジング』(12)、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)など、マスク姿とゆかりの深いトム・ハーディ。満を持してシリーズに参戦する本作では、とめどない正義感が災いし、職も恋人も失ったどん底の渦中に、人類にとって脅威となる意思をもつ地球外生命体にまるごとマスキングされてしまう悲運のジャーナリストを、高度な身体能力を生かし快演する。相反するアイデンティティが激しくせめぎ合ううちに、互いに影響を及ぼし新たな自我を獲得していく様は、超ハードなボケとツッコミを炸裂させる夫婦漫才のようでもあり、もはや離れられない現状を受け止め、彼らならではのバディ感を築き上げる軌跡は、感動的ですらある。マーベル・シリーズのさらなる展開を期待させる、新章の幕が開けた。


(映画ライター 服部香穂里)

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