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こらむ・シネマ百景 第146回 "親子エレジー"

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』


 気は優しくて力持ちの大好きなパパは、悪役レスラーだった!そんな衝撃の事実を受け止めきれない9歳の息子と、彼が周囲に投げかける波紋を、温かなまなざしで見守る『パパはわるものチャンピオン』。"ゴキブリマスク"としてブーイングを浴びせられる父を"わるもの"呼ばわりし、反発する愛息の素直すぎるリアクションが、トップレスラーだった輝かしい過去に未練を残す父と、ヒール役一筋に誇りをもってリングに上がってきた現在の相棒との、ささいな価値観のズレなどをも浮き彫りにする。昔も今も変わらず朗らかで献身的な妻や、エース時代からの熱狂的ファンの女性記者らに後押しされ、こんがらがった親子関係も、新たな局面を迎える。一番好きなことを仕事に選んだがゆえの喜びと苦しみに、今一度向き合うことになる父と、やんちゃで夢見がちな同級生たちよりも、ちょっぴり早く大人の世界を垣間見る息子。現役レスラーでもある棚橋弘至の人柄がにじみ出るようなナチュラルな好演を、もはや名優の風格すら感じさせる子役の寺田心や、学生プロレスを題材にした『ガチ☆ボーイ』(07)好きには嬉しい配役の仲里依紗ら演技派が的確に支え、親は子に、子は親に教えられることに改めて気づかされる、ハートウォーミングな佳篇となった。


 タイの気鋭監督が、中国で実際に起きたカンニング事件に想を得て、過酷な受験戦争をしたたかにサバイヴする若者たちのほろ苦くもぶっ飛んだ青春を、軽妙なタッチで活写する『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』。真面目だけが取り柄のような教員の父を大切に思いつつ、どこか疎ましくもある天才女子高生と、小さなクリーニング店を営み女手ひとつで育ててくれた母に楽をさせてやりたい一心で、コツコツ勉学に励んできた男子苦学生。何かと理不尽な世間の激流にもまれ、それぞれの闘い方で自ら運命を切り開いてきた名門校随一の成績を誇るふたりが、ビジネスの才はあるが大の勉強嫌いな金持ちカップルの誘いに渋々応じ、世界をも出し抜こうとする壮大な計画に手を染めていく。本国で大ヒットを達成させたナタウット・プーンピリヤ監督は、マークシート形式の解答を、大勢の生徒に一斉に伝える画期的な手法を、こだわり抜いた編集やカット割りによって、スリリングかつスタイリッシュに映像化。その一方で、正答を導き出すなんて屁でもない優秀な頭脳の持ち主が、かくもリスキーなプロジェクトの片棒を担ぐに到るまでの経緯を精緻に描き出すことで、その背景にある格差社会や学校経営の実態などにも、シニカルに切り込んでいく。逆風も追い風に変え、明るい未来を掴もうとした彼女たちの見果てぬ夢に、様々な感情が押し寄せてくる注目の快作だ。


 ささいな音にも反応し人間を襲う、"何か"によって荒れ果てた世界で、慎重かつ大胆に生き延びてきたある家族の営みを描出する『クワイエット・プレイス』。長女は耳が不自由で、手話を共通言語に支え合ってきたアボット家。臨月間近の母は無限のたくましさを秘め、家族を守るべく"何か"の研究に余念がない父を、ある悲劇の罪悪感を背負い続ける長女は複雑な気持ちで見つめ、誰よりも姉想いの長男は、愛し合っている父と姉の微妙なすれ違いに胸を痛めている。少しの失敗や注意不足が命取りになる特異な状況下であっても、ささやかな幸せを慈しみ、一日一日を前向きに過ごす一家それぞれの心の動きを丹念に追うことで、彼らの日常の延長線上にある恐怖が、よりリアルなものとして観る者にも体感される。監督・脚本も兼任したジョン・クラシンスキーが、妻のエミリー・ブラントと夫婦役で初共演したのに加え、実際にも聴覚障害をもつミリセント・シモンズの鋭い眼力と豊かな身体表現が、斬新な世界観に有無を言わせぬ説得力をもたらす。そんなドキュメンタリー的な要素が、家族劇としても数々の特別な瞬間を生む、従来のホラー映画とは一線を画す逸品である。


 深夜ドラマの枠ながら、映画顔負けの強力布陣とクオリティーで話題を呼んだ「宮本から君へ」(18)に続き、新井英樹の同名コミックを、原作をこよなく愛する鬼才・𠮷田恵輔監督が、恐るべき気迫で映像化した渾身作が『愛しのアイリーン』。42歳にして、年老いた両親とひとつ屋根の下で暮らす独身の岩男は、恋に破れた腹いせにお見合いツアーに参加し、18歳のフィリピン女性と現地で式を挙げて帰国するが、実家では父の葬儀の最中で、猟銃片手に怒り狂う母から勘当同然に締め出されてしまう。終始遠くを見据えるような充血した眼の奥に、金で買った幼な妻への言葉にできない情愛をにじませる安田顕の力演もさることながら、ベテランの木野花が、亡き市川準演出の傑作CMで見せた演技派っぷりを久々に発揮。ひとり息子を溺愛するあまり、すべてが気に食わない嫁を陥れるべく仕組んだ罠に、いつしか自身も呑み込まれる猛母を、鬼気迫る怪演で体現する。口下手であまのじゃくだが、根っこはロマンティストの中年男のざわめく心模様を追いながら、とんでもない遠回りを繰り返して紡ぎ出される超ねじくれた"純愛映画"は、こっぱずかしい純愛なんて存在すら信用していないリアリストにこそ、グサッと深く突き刺さるような気がする。


(映画ライター 服部香穂里)

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