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こらむ・シネマ百景 第163回 "アナログびいき"

 作家と読み手との橋渡し役として、長年にわたり多彩な魔法をかけてきた装丁家・菊地信義の謎のベールに包まれた仕事の奥義や、多彩な職人たちとの連携による製本の工程を、『夜明け』(19)で監督デビューを飾った広瀬奈々子監督が丹念に紐解いていく『つつんで、ひらいて』。穏やかな口調に冷静な思慮深さを秘める広瀬監督の問いかけに、時に真摯に、時に微妙に焦点をぼやかしながら飄々と応える菊地氏の話に耳を傾けるにつけ、本の装丁とは映画における予告篇のようなものなのかもしれない……と、ふと思ったりもする。菊地氏自身の作品に対する解釈や印象までもがさりげなく注ぎ込まれた装丁と一体化した書物が、無数に存在する読者予備軍の目を惹き、愛おしく手に取って読み進める行為への期待感を高め、各家庭のお気に入りのライブラリーに加えられた際の壮観さをも想像させる。買うことと借りること、文字内容を目で追うことと、手仕事の温もりや重みを実感しながら一枚一枚ページをめくることとの違いなどにも思考をめぐらせたくなる、探求心くすぐられる良質なドキュメンタリーだ。

 シネフィルならではの鋭敏な洞察眼を磨き続ける鬼才オリヴィエ・アサイヤスが、急激な電子書籍ブームに揺らぐフランスの出版業界を背景に、関係性の変化を迫られる二組の夫婦のもつれた愛の顛末を見つめる『冬時間のパリ』。『アクトレス 女たちの舞台』(14)では、幾重にも張りめぐらされた巧妙な仕掛けや、誇り高き女たちの示唆に富む刺激的な対話を通して、近年の映画界の迷走ぶりをも辛辣に炙り出してみせたアサイヤス監督だが、本作では、出版を取り巻く深刻な実情をめぐり、一家言もつ食えないインテリ(死語?)たちが集結。彼らが繰り広げる怒涛の言葉の応酬やぶっちゃけ話に嘆息したり共鳴したりしているうちに、その激変を痛感してきた我が身の心中もズタボロにされてしまう。『真実』(19)とは打って変わり生き生きと本領発揮のジュリエット・ビノシュや、報われぬ愛に悩める男を数多く演じて評価を高め、今回は国際的名女優の不倫相手役という大出世を果たすヴァンサン・マケーニュら、演技派陣の織り成す硬軟自在のアンサンブルが、嘘と本音が交錯する男女の生々しい愛憎劇を、寓話的な味わいも豊かな佳篇へと昇華させている。

 60年代半ば、岐路に立たされる米国の最大手自動車メーカー・フォードの依頼を受け、ル・マン24時間レース6連覇中の絶対王者フェラーリを打ち破るべく、無謀な挑戦に没入する男ふたりの奮闘と彼らが育むかけがえのない友情を活写する『フォードvsフェラーリ』。ドライバーのケン・マイルズは、勝負度胸も運転技術も超一流だが、協調性ゼロの奔放な言動がたたり、フォードのチーム内でも孤立してしまう。その特異性は、同じく実話に基づく、命懸けで音速の壁に挑み続ける『ライトスタッフ』(83)の孤高のアンチヒーロー・チャック・イェーガーを彷彿とさせる部分もあるが、志半ばでレーサーからカー・デザイナーに転身し、彼の技量を誰よりも評価してプロジェクトに招き入れたキャロル・シェルビーは、度々横槍を入れてくる組織をなだめつつマイルズがベストを出し切れるよう背中を押し続け、そのユニークな同志愛が心ふるわす感銘を生む。自ずと手に汗握り、歯を食いしばり見入ってしまうド迫力のレース・シーンの臨場感に加え、様々な人間たちが自らの立場からそれぞれのプライドをぶつけ合い、意外すぎる結末を迎えるスリリングな実録ものとしても見どころ多い快作だ。

 新作ごとに物議を醸すテリー・ギリアム監督が、映画ファンも期待と不安を胸に見守り続けてきた、30年越しの悲願のプロジェクトを遂に実現させた注目作が『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』。相次ぐトラブルで進行もままならない撮影現場の誇張された描写に、ギリアム当人の積年の私怨も見え隠れする中、自身の処女作にして最高傑作の呪縛から未だ逃れられないスランプ気味の監督(ジョニー・デップ→ユアン・マクレガー→今、乗りに乗っているアダム・ドライバー!)の、人生観を一変させるがごとき波乱の旅路が綴られる。今は亡きジャン・ロシュフォールを皮切りに、数々の交代劇を経てドン・キホーテ(もどき)役に白羽の矢が立てられたのは、『未来世紀ブラジル』(85)などギリアム監督の盟友でもあるジョナサン・プライス。浅からぬ因縁で結ばれた主人公を良くも悪くも翻弄し、現実と虚構が複雑に溶け合い絡み合う、夢幻的な世界へと誘っていく。何かと流されてしまいがちな移ろいやすい浮世に生きづらさを覚える身には、愚直なまでに信念を貫き我が道を行く、気骨の老人が体現する男のロマンのようなものについついグッときてしまう、異才の執念が満を持して結実したパワフルな叙情詩である。

(映画ライター 服部香穂里)

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