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こらむ・シネマ百景 第158回 "破れる者"

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

 世界最貧国のひとつと目されるアフリカのマラウイで、干ばつに苦しむ農村に水を引くため自家発電用の風車を開発した14歳の少年の奮闘を描き、ベストセラーとなったノンフィクションに基づく『風をつかまえた少年』。家族想いだが愚直ゆえに損ばかりして、頭脳明晰な息子の発想を理解できない悩める父親を好演するキウェテル・イジョフォーが原作に感銘し、自らのメガホンで長篇監督デビューも果たす。ハッピーエンド前提と承知しているはずなのに、次々と襲いかかる試練の生々しい描写の連続に、呼吸困難に陥りそうになりつつ見入ってしまう。そんな重苦しさを踏まえた上で、不作で授業料が払えず退学を余儀なくされても、図書館で自主勉強に励み、廃品でこしらえた試作品で自信を強め、古い考えに固執する父親をも納得させる主人公の軌跡が丹念に映し出され、とびっきりの高揚感をもたらす。奇跡の逸話でなく、たゆまぬ努力が実を結んだ普遍的なサクセスストーリーへと昇華させたイジョフォー監督の、地道にキャリアを重ねて現在の地位を手にした、実力派俳優としての矜持も覗く力篇である。


 実物以上に本物らしいCGに豪華声優陣が息を吹き込んだ、野生動物たちのスリリングな日常を、生身で唯一登場し全篇を駆けめぐるモーグリ少年の目を通して描いた『ジャングル・ブック』(16)。そんな前代未聞の傑作で新たな金字塔を打ち立てたジョン・ファブロー監督が、今度はミュージカル化もされたディズニーの人気作を下敷きにした『ライオン・キング』で、実写でもアニメーションでもない"超実写版"なる耳慣れぬ分野をさらに開拓。観客にヒトであることを一瞬忘却させてしまうほど、スクリーンのあちら側とこちら側が地続きになった前例のない映像世界を創出し、異空間を体感させることに成功した。破天荒な半生に迫る話題作『ロケットマン』(19)の公開も間近のエルトン・ジョンと、著名作詞家ティム・ライスが生んだ名曲《サークル・オブ・ライフ》が、生きとし生けるものが手を携えて慈しみ合うことの素晴らしさとともに、志半ばで旅立った存在たちの遺した生のきらめきをも高らかに唄い上げ、凄惨な事件が後を絶たない今、切実な説得力を伴い、心の奥へと染みわたる。


 活気溢れるインドのムンバイを舞台に、望まぬ短い結婚生活の末に若くして未亡人となった住み込みのメイドと、その雇い主で、式の直前に婚約者に裏切られた失意の御曹司との、ひとつ屋根の下で育まれる密やかな恋の行方を追う『あなたの名前を呼べたなら』。ファッションデザイナーになる夢を実現させるべく勉強を続ける彼女と、家業を継ぐために夢を諦めざるを得なかった彼は、それぞれにないものと似たものを相手の中に認め、急激に惹かれ合っていくが、克服し難い身分違いという壁が立ちはだかる。米国でも学んだ女性監督ロヘナ・ゲラは、映画・TV界の様々な部門で修練を積み、長年温め続けた主題を反映させた本作で長篇デビューを飾る。ネタバレ気味の邦題とは一線を画す、さりげなくも示唆に富む"Sir"という原題に、インドの根深い階級社会に率直な疑問符を投げかけつつ、誰もが抱く恋心は、婚姻関係に限らず多様なかたちで成就させられるのだと、願いにも似たまっすぐな想いが込められた、後引く余韻の人間ドラマだ。


 同性愛が法で禁じられていた第二次大戦後のフィンランドで、広告の絵の傍ら自室にこもり描き続けた理想の男性像が、やがて国境を越えて支持され、ゲイカルチャーの象徴的存在となった実在の画家トウコ・ラークソネンの半生に光を当てる『トム・オブ・フィンランド』。トウコの描く筋骨隆々の人物たちは、どこかユーモラスな佇まいで微笑み、見るからに人生を謳歌している。思いのまま生きられない日々で募る鬱屈や妄想を、真逆の形で炸裂させた彼の作品は、国内外の同性愛者たちにも希望や勇気を与え、その熱狂が、彼自身をもたくましく成長させ突き動かしていく。片や、トウコの才能をいち早く見抜いた妹が、自分は愛すらも得られぬまま、性的マイノリティの輝ける星となった兄に、次第に嫉妬や羨望交じりのまなざしを向けていく兄妹間の確執も、残酷なほどリアルに胸に迫ってくる。8月末公開の『トールキン 旅のはじまり』(19)では、芸術の力で世界の変革を試みた作家J・R・R・トールキンの青年時代をイマジネーション豊かに映像化したドメ・カルコスキ監督が、激動の時代のうねりに呑み込まれながらも、唯一無二のアーティストへと変貌を遂げる絵描きの進化を、ダイナミックに描き切る意欲作だ。


(映画ライター 服部香穂里)

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