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こらむ・シネマ百景 第164回 “虚しさとやるせなさと心強さと”

 新年早々、やりきれないこと続き。先日発表されたアカデミー賞でも候補となるなど国際的に称賛されているフランス発の異色アニメーション『失くした体』(19)の、幼少より失ってばかりいる孤独な青年の抱える虚無に共感しつつ、心の空白を埋めるためだけに生きてきたような彼が、淡い恋を知り、自分の意志で引き起こす小さな奇跡に、ぽろりと涙。

 洋画と日本画の素養を兼ね備えた風刺画家として福沢諭吉に才能を見出されたのを機に、明治から昭和にかけて多彩な漫画表現を追究し、さらなる発展を遂げていく漫画界の基礎を構築した北沢楽天の半生を描いた『漫画誕生』。昭和18年を物語の起点に、漫画界の重鎮として表層的な敬意を集めつつも、その実、表現の自由もままならない戦時下で格闘する若手漫画家連中からは煙たがられている、生ける伝説ならず化石と化しつつある後年の楽天の回想形式の構成が奏功。日本の漫画史を紐解きながら、後進たちの憧れの的から、追いつき追い越される対象となり、時勢の変容につれて次第に取り残されていく先駆者ならではの痛みが、イッセー尾形の飄々たる巧演とも相まってリアルに迫ってくる。クライマックス近くに象徴的に登場する、手塚治虫の長篇デビュー作『新宝島』が、現在へと連なる漫画新時代の幕開けを予感させるとともに、“漫画の神様”さえもその後に楽天同様に味わったであろう、時代を先取りした表現者ゆえの苦悩までをも想像させてしまう、大河ドラマのごときスケール感をはらんだ人間ドラマだ。

 アイドル的な容姿の漫画家として売り出し中の幼なじみのゴーストライターに甘んじる現実に物足りなさを覚えつつ、過保護気味なシングルマザーの庇護のもとで車椅子生活を余儀なくされる箱入り娘が、自らの殻を打ち破り、未知なる世界へと踏み出していく姿をエモーショナルに捉える『37セカンズ』。何から何まで世話を焼きたがる母親とのふたり暮らしに息苦しさを感じ、たったひとりの友人との一蓮托生の不毛な共犯関係にも虚しさを募らせるユマは、想像力と勇気を絞り出し、エロが売り物のアダルト雑誌に自作のSF官能漫画を持ち込むが、敏腕女性編集長の率直かつ真っ当な一言に何かが突き動かされ、これまで見聞きも感じたこともないものを探求する旅に出る。本作で長篇デビューを飾る大阪出身の女性監督HIKARIと、三者三様の異なる立場から主人公に多大な影響を与える“ゴッドマザー”を好演する神野三鈴、渡辺真起子、板谷由夏ら実力派キャストの強力な後押しを得て、自らも脳性麻痺と闘いつつ女優初挑戦となる佳山明が、天性の愛らしい声も存分に活かしつつ、心身ともに急成長を遂げる主人公の軌跡を全身全霊で体現。彼女自身のドキュメンタリーの側面ももつ本作は、ベルリン国際映画祭で2冠に輝くなど各国の映画賞で高評を得た。

 イギリスの厳格な超正統派ユダヤ・コミュニティを舞台に、互いに惹かれ合ったまま離ればなれにされた女性ふたりと、信仰で自らを律してきた幼なじみの男性との、複雑に絡み合う愛の行方を見つめる『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』。ユダヤ教指導者の父親の訃報にふれ、勘当されてから遠のいていた故郷に久々に足を踏み入れたロニートは、相思相愛ながらも信仰のもとに引き裂かれたエスティが、亡父の後継者と目されるドヴィッドと結婚していたことに衝撃を受ける。アカデミー賞外国語映画賞など多数受賞した『ナチュラルウーマン』(17)や、出世作となった『グロリアの青春』(13)のセルフリメイク版も日本での公開を控えるセバスティアン・レリオ監督は、閉鎖的な地域集団に異端者がもたらす波紋が広がるのに伴い、主人公の座をロニートからエスティ、そしてドヴィッドへとリレーさせ、幸福を装いつつ漠たる虚しさや違和感を抱き続けてきた、それぞれの葛藤の機微を繊細に描き出す。三人が苦渋の先に選び取る意外な決断に胸揺さぶられるとともに、冒頭を飾るロニートの父親の最期の訓示の言葉の真意が改めて心に染みわたる、精緻に練り上げられた脚本も見事な意欲作である。

(映画ライター 服部香穂里)

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