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こらむ・シネマ百景 第166回 “黙して語る”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
第166回 “黙して語る”

 中国系アメリカ人の女性監督ルル・ワンが、自身の体験を下敷きに丹念に紡ぎ上げた感涙の家族劇が『フェアウェル』。故郷の中国からアメリカや日本に新天地を求め、散りぢりになったある一家が、伴侶を亡くしてからも中国に留まり気丈に暮らしてきた祖母が末期がんで余命3か月と知り、当人には真相を悟られぬように最後の再会の場を設けるべく、付き合って間もない日本人を新婦役に孫息子の結婚式を急遽でっちあげる。6歳で両親と渡米してからも、密に連絡を取り合うおばあちゃん一番のお気に入りの孫娘は、残された時間を精一杯生きて欲しいと願い、優しい嘘をつき通そうとする親戚と衝突する。ラッパーをはじめマルチに活動し、『オーシャンズ8』(18)、『クレイジー・リッチ!』(18)などでは個性的な衣装や言動で場をさらってきたオークワフィナが、NYでの私生活もままならぬ中、大好きな祖母の死が近いのを知りつつ真実を打ち明けられない孫の葛藤を、いつになく抑えた内省的な演技で繊細に表現して新境地を開き、アジア系女優初となるゴールデン・グローブ賞主演女優賞を獲得。互いを想うがゆえに時に傷つけ合ってしまう普遍的な家族の肖像を通し、北京に生まれマイアミで育った監督が、中国ならではの文化を冷静かつ客観的に捉えた上で、椅子からすっ転げ落ちそうな結末へと誘う好篇だ。

 1980年代から2010年代へ、社会の礎となる倫理や価値観が一変した激動の中国現代史を、ある夫婦と彼らを取り巻く周囲の人々の波乱の道のりを通し劇的に描き出す『在りし日の歌』。国有企業の工場で仲睦まじく働く夫妻は、生年月日が同じ息子同士も実の兄弟のように育ってきた職場の同僚夫婦と家族のごとき信頼関係で結ばれていたが、不慮の事故でひとり息子を失い、両家は疎遠になってしまう。不可解な謎を秘める事故が起こった94年を冒頭に据え、前後30年という長いスパンを過去、現在、未来もあやふやにしたまま奔放に行き交う中で、国際的に評価の高いワン・シャオシュアイ監督だけが完成形を知っている巧妙に練られたパズルを、一から組み上げ読み解いていくミステリー風の高揚感も増していく。多くの同胞らとともに、一人っ子政策や改革開放の矛盾をもはらむ時代の荒波に翻弄されながらも、亡き息子を忘れず供養し続けるために、決して離れることなく支え合う夫婦。そんな彼らの愚直だが純粋な愛のかたちを、瞬時の目の輝きや口角の動きなど言葉に頼らぬ細やかな身体表現で演じきったワン・ジンチュンとヨン・メイは、ベルリン国際映画祭で演技賞をダブルで受賞する快挙を得た。

物心もつかない幼い一人娘を遺して妻に先立たれたシングルファザーの奮闘を描く、重松清の同名小説を、自らの生い立ちと重ねつつ共鳴した飯塚健監督が脚色も手掛け映画化した『ステップ』。娘を亡くすという理不尽な悲劇を受け止め、危なっかしい父娘を絶妙の距離感で支える義父母や、いつも子どもの目線を第一に、全力で遊び相手を務めて愛情を注ぐ保育士、子育てを優先しキャリアを諦めかけていた有能な部下を、叱咤激励し続ける上司……。すべてが手探りの新米パパを突き動かす役回りで、存在感たっぷりに脇を固める演技派共演陣が、外見も演技も濃ゆめの印象の強い山田孝之から、新鮮でナチュラルな表情や魅力を引き出すのに貢献。出演作が相次ぐ白鳥玉季ら3人の若き女優が、日に日に成長する娘役を違和感なくリレーする傍ら、毎朝ふたりで渡る陸橋の先に長く伸びる坂道や、ともに年齢を重ねることが叶わぬ家族を静かに見守る亡き妻の気配を宿す家の中など、変わらぬように見えて移ろい続けるディテールをも丁寧に描き込むことで、二人三脚で歩んだ平坦ではないが平凡でもない10年の歳月が、一瞬一瞬かけがえのないものとして、観る者の心にも深く刻まれる。これから待ち受けるであろう反抗期や様々な厄介ごとも、軽やかに乗り越えていくに違いない、ポジティブな予感溢れる快作である。

(映画ライター 服部香穂里)

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