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こらむ・シネマ百景 第167回 “あなたの中の私”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

第167回 ”あなたの中の私”

 

 ヴェネツィア国際映画祭審査員大賞を受賞した『郊遊<ピクニック>』(13)で商業映画からの引退を表明したツァイ・ミンリャン監督が、湧き起こる映画への衝動に忠実に、台北の街で出逢った、撮りたい顔をもつ多彩な13人個々のクロースアップによって紡ぎ上げた『あなたの顔』。ひとの顔をここまでじっくりと端々まで眺め続けるのは初めてだと思うが、そんなユニークな体験に引きずり込まれるうちに、普段は適当に見て見ぬふりをしている自分の顔のあんなところ、こんなところまでもが、おのずと丸裸にされているような気恥ずかしい錯覚に陥ってしまう。思えば、選りすぐりの一般の方々に交じり、本作にも終盤近くに登場する、まさにツァイ作品の“顔”を担ってきたリー・カンションがこれまで体現してきた主人公も、個性を剥ぎ取られた世捨てびとのごとく劇中を徘徊し、途方もなく続く長廻しのカメラが捉えるその手持ち無沙汰な佇まいに、観る者も自身の中の何かを嗅ぎ取り、やるせない感覚に打ちのめされてきたのだった。限りなく“音”に近い領域まで削ぎ落された坂本龍一の独特の音楽も深い印象を残す、台湾の鬼才の資質が濃密に凝縮された異色ドキュメンタリーである。

http://www.zaziefilms.com/yourface/


 いじめの末に同級生の生命を奪うも、罪に問われなかった少年たちのその後に、過激な描写も辞さずに肉迫する『許された子どもたち』。法律では裁かれずとも、SNSなどによる無責任かつ無防備な言葉の暴力や、“正義”を隠れ蓑にした悪意の氾濫が、逃げても逃げても彼らを追いかけてくる。撮影前に丹念なワークショップを実践し、表裏一体な加害者・被害者いずれの境遇も疑似体験させられた新進俳優陣の、安易な線引きを拒もうとする不敵な面構えがいい。子どもの幸せの障害となるものすべてを敵視し、頬の傷跡に元いじめられっ子の過去が生々しく刻印された息子を、事実を歪曲してでも守り通そうとする猛母。“絆星(きら)”なる正真正銘のキラキラネームに込められた愛息への壮大な想いが明かされるとき、異様で滑稽にさえ映っていた母性愛から覗く微々たる普遍性に、うっかり感動すら覚えてしまいそうになる。“いじめ”なる定義づけは、若者特有の一過性の現象のごとく捉えられがちだが、ひとの尊厳を傷つける愚行は、最近報道された教師や医師間による虐待や差別の実態などから見ても、年齢や経験を重ねたところで歯止めの利くものではないらしい。続々登場する欠陥だらけの人物たちに嫌悪感やシンパシーをせわしなくかき乱されつつ、“誰”が“何”を裁き許すのか、深遠な問いを鋭く突きつけてくる意欲作だ。

http://www.yurusaretakodomotachi.com/


 あなたが悲しいと、私も悲しい。そんな沖縄の温もり溢れる言葉に感銘する、石川県で生まれ育った少女の沖縄での数年間を追いかけた『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』。坂本菜の花さんは、生きづらさを感じていた地元を離れ、単身で沖縄に滞在しながらフリースクールに通う15歳。かけがえのない経験やふれあいを基に、自身を受け入れ育んでくれた沖縄への親愛の情に根差しつつ、よそ者でもある彼女ならではの目線で、故郷の北陸中日新聞にコラムを執筆している。沖縄のテレビ局で報道に携わる度に、様々な温度差の壁に直面し格闘してきた平良いずみ監督は、未だ敗戦後の余波に置かれた沖縄にまつわる素朴な疑問をストレートに投げかける菜の花さんに大いに共鳴しつつも、監督自身の胸中を託す代わりに、平易かつ的を射た自分の言葉で語り綴る彼女そのものを、一貫して尊重する。すべてが他人事ではなくなり、日常と政治が地続きであることを切実に感じずにはいられない今、自らの意思を的確に表現し、発信し続けることの意義が、しみじみと心に迫ってくる良作である。

http://www.chimugurisa.net/


 『アバウト・ア・ボーイ』(02)、『2番目のキス』(05)など、モラトリアムな人びとを共感たっぷりに見つめてきた人気作家ニック・ホーンビィの原作を基に、いい歳しても人生を模索し続ける3人の男女の奇妙な恋模様をチャーミングに描出する15年後のラブソング』。英国の田舎町で、亡き父の後を継ぎ郷土史博物館を営むアニーは、30代も半ばを迎え、我が子を抱きたい願望に駆られるが、長年同棲中の恋人は彼女そっちのけで、自らファンサイトまで運営する90年代に姿を消した伝説のロック・シンガーに夢中。そんな偶像化された彼とアニーが意外過ぎるきっかけでメル友になったことから、時空のねじれた三角関係が一気に現実味を伴い、立体的に再構築されていく。若かりし頃より甘いマスクで人気を博すも、今や負のオーラ全開のやさぐれ中年を演じさせたら群を抜くイーサン・ホークの、熱狂的ファンですら、にわかに本人とは信じ難い元スター役が絶品。「ダメージ」(0712)のダークサイドに陥る新米弁護士役から、近年はコメディでも才能を発揮するローズ・バーンとの相性もぴったりで、片や5歳の息子を最年少に母親違いの子だくさん、片や出産のタイムリミットに焦る独身女性との、友情と愛情との間で揺れる不器用なジタバタぶりに、やきもきしつつも感情移入してしまう、“それから”に想いを馳せずにいられない佳篇だ。

https://15-lovesong.com/

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