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こらむ・シネマ百景 第168回 “いつか、きっと…”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

第168回 “いつか、きっと…”


 故郷のスコットランドを飛び出し、カントリー音楽の本場ナッシュビルでの成功を夢見る、歌手志望の女性の波乱に富む軌跡を活写する『ワイルド・ローズ』。前科者でふたりの子をもつシングルマザーのローズは、事実を何となく伏せたまま家政婦の職を得た邸宅で菩薩のごとき資産家夫人に歌の才能を見込まれ、彼女の尽力もあって好機を掴むが、心のどこかで自身を偽り大切なひとたちまで裏切っている限り、多くの聴衆の魂を揺さぶる歌は決して唄えない。そんなヒロインの複雑な葛藤をも歌声にのせて演じきった主演のジェシー・バックリーが、日本では公開が前後した『ジュディ 虹の彼方に』(19)では、情緒不安定な世紀の歌姫に振り回されつつ、やがて信頼を育み合うキーパーソンを好演していたのも、本作での経験を踏まえてのものだったのかと思うと感慨深い。愛憎相半ばするローズと母親との関係性が作品に奥行きをもたらし、現実主義的な英国映画流のアメリカンドリーム風サクセスストーリーとは一線を画す顛末が、厳しい選択を日々迫られがちな現代女性にも、挑戦することを諦めない勇気をくれる、ひねりを清々しく利かせた“スター誕生”ものだ。

https://cinerack.jp/wildrose/



 抑圧的な気配が再び忍び寄る70年代初頭のレニングラードを舞台に、ソ連崩壊後は祖国でも愛読されたロシア人亡命作家セルゲイ・ドヴラートフの不遇の時代を、革命記念日前の喧騒と狂乱の6日間に色濃く象徴させた『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』。工場新聞に籍を置くドヴラートフは、社や国の方針に背いてでも自身の意見を曲げない記事に何かと口をはさむ上司らと衝突しつつ、作家として世に出るべく孤軍奮闘していたが、自作は一向に出版されぬまま。めったに逢えない離婚した父親への愛情をストレートに爆発させるひとり娘とは対照的に、相も変わらず要領よく生きられない彼に、いつも不機嫌そうでケンカ腰な元妻。そんなむっつり顔の、別れても文豪気質を貫く彼への皮肉めいた“エゴイスト”なる呼称に秘められた、意外な想いが明かされるとき、あまのじゃくな似たものカップルにしか分かち合えない屈折した愛情が、感動的に浮かび上がる。妥協や転向を強いられてもなお、才能や可能性を信じて進み続ける者にだけ道は切り拓けることを、静謐なトーンながらも堂々と謳い上げる力篇である。

http://dovlatov.net/



 国際的に賞賛されるジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟が、過激なイスラム思想にのめり込む13歳の少年の多感な青春を映し出す『その手に触れるまで』。心酔するイスラム指導者の独善的な言葉を真に受けたアメッドは、発想豊かで教育熱心な女性恩師を冒涜的とみなし、刃物で襲いかかり少年院に送られるが、更生プログラムでの貴重な体験や恋の芽生えが、凝り固まった彼を少しずつ変えていく。全篇出ずっぱりのアメッドのすべてに密着するカメラは、一見無表情な彼の心の揺らぎを繊細に捉えつつ、観る者をも一傍観者から前のめりに巻き込む、尋常ならざる吸引力を発揮。様々な出逢いを経て、イスラム指導者や成されるべき“正義”の輝きが次第に色褪せていく中で、宙ぶらりんに残った“背教者抹殺”の使命感にのみ支配され続ける若き狂信者の苦悩や焦りが、やるせなく胸に迫ってくる。理不尽な現実を冷静に見つめるとともに、より多くのひとが生きやすい社会への糸口やきっかけを真摯に模索し、ささやかに提示してきたベルギーの名匠ゆえに導き得た、迷える少年を待ち受ける思いもかけない運命が、世界中に立ち込めている不穏な霞の先にも、かすかな光をともしているように思われる。

http://bitters.co.jp/sonoteni/

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