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こらむ・シネマ百景 第169回 “仮面を外すとき”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
第169回 “仮面を外すとき”

触れられることを極度に嫌うくせに、他者に対しては興味津々で、抑圧された本当の自分を、胸の奥底では理解してほしいと求めている。そんな誰にも潜む“隠れいちびり”願望や矛盾だらけの生態を、虚構と現実を幾重にも重ねたユニークな趣向で赤裸々に映し出す『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』。寝たきりの父を複雑なまなざしで見舞うローラは、様々な葛藤を抱える患者たちが、互いに触れることで自他双方への理解を深め合うセラピーのごとき現場に遭遇し、強い関心を抱く。ルーマニア出身のアディナ・ピンティリエ監督は、自身の恥部のようなものまでもが投影されたアラフィフ女性の心の旅を通して、性認識や性癖なども含む人間固有の多様性についての探求を試みる。頭脳明晰な才媛の想いが先走り、私的な考察や実験性が前面に出過ぎる瞬間もあるものの、ひととは違うデリケートな側面も唯一無二のアイデンティティとして愛おしみ、いま、ここにある生と性を目一杯に謳歌する出演者たちの圧倒的な個性が、それを凌駕する。カメラを十二分に意識した上で、実に多彩な快楽や愛の在りようを率直に披露してみせる被写体のバイタリティがしたたかに脈打ち、撮る側と撮られる側との良好な共犯関係が、ベルリン国際映画祭最高賞など2冠へと結実した意欲作である。

ひとを幸福にするとされる、絶世の人工美を宿す真紅の花がもたらす顛末を、極彩色の映像と和楽器が奏でるクラシカルかつ斬新な音楽を効果的に融合させ、スリリングに描出する『リトル・ジョー』。バイオ企業の研究室で植物開発に没頭するシングルマザーのアリスは、遂に成功したと自信を深める新種の花を一鉢こっそり持ち帰り、愛息にちなみ“リトル・ジョー”と名づけるが、花が放つ魔力に呑まれるがごとく、一卵性親子のように仲良しだった母と息子との関係性にも微妙な亀裂が生じていく。本来は有能な科学者でリトル・ジョーの異常性を一早く察知するも、厄介な過去に阻まれ次第に追いつめられるコインの裏表のようなアリスの同僚役に、周囲の無理解に翻弄される多感な文学少女を演じた『エンジェル・アット・マイ・テーブル』(90)のケリー・フォックスがふんしているのも妙味。本音を偽ったり隠したりしているうちに多数派に取り込まれてしまうことへの危機感や、知識や技術を総動員させ創り上げた未知なるものに人類が侵食されていく恐怖など、独創的な設定の中にも現在の社会状況と重なる部分も多く、ぞわっとした戦慄が後を引く理知的なスリラーだ。

“ザ・オリジナリティ”のごとき鬼才フランソワ・オゾン監督が、現在もフランスで係争中の神父による複数の少年への性的虐待事件にインスパイアされ、自身初となる実話の映画化に挑む『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』。過去を封印させてしまうほどに癒しがたい傷を植えつけたプレナ神父が、今なお現役で活動していることに恐れと憤りを覚えた一人の男性の告発が、同神父に尊厳を奪われたトラウマと格闘し続ける者たちの背中を次々と押し、センセーションを巻き起こしていく。沈黙を破り共闘する彼らの勇姿を高揚感とともに活写する一方で、被害者の中には、平穏な家庭を築き社会的地位を手にしている者も、壮絶な幼少期に囚われたまま不遇の日々を送っている者も含まれ、容易には分かち合えない彼らの孤独をも浮き彫りする繊細さは、ひとの心の不可思議さをミステリーとして捉え続けてきたオゾン監督の真骨頂。その究極ともいえる、最強のヒール役でありながら、最後の最後までのらりくらりと正体を掴ませない、老神父の底知れぬ不気味さが、時には法や正義も無力となる社会の闇の深さを象徴するかのようで、ひときわ痛烈な印象を残している。

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