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こらむ・シネマ百景 第170回 “!!!”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
第170回 “!!!”

ご近所じゅう顔見知りだらけのアメリカ南部の田舎町を舞台に、未だモラトリアム気分を引きずる、おっさん3人組バンドのメンバーの突然の死が投げかける波紋を、オフビートなタッチで綴る『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』。メガホンをとるのは、数々の機能性(?)を秘めた全篇出ずっぱりの遺体と、無人島で遭難し途方に暮れる青年がまさかのバディを組むことになる、荒唐無稽な面白さに満ちた『スイス・アーミー・マン』(16)で長篇デビューを飾ったダニエル・シャイナート監督。個性強めでタフな女性警官コンビをもうけ役にスパイスを利かせながら、画面上にはほとんど映らないものの、常に話題の中心であり続ける不審死を遂げた男を取り巻く、意外な真相を紐解いていく。謎めいた死を発端とする『ハリーの災難』(55)や「ツイン・ピークス」(90‐91)など独創性溢れる好篇を彷彿とさせつつ、えげつない現実を隠蔽しようとすればするほど自滅に向かうダメ男やその家族らをも巻き込む、滑稽だが哀感漂う群像劇が展開される。ともにバカをやったり羽目を外してきた幼なじみたちに予期せぬかたちで訪れる、永すぎた青春の終わりをシニカルに見つめ、どことなく達観したそのまなざしが、ほろ苦い余韻を残している。

日常の一切をスマートフォンに依存する冴えない独身男性が、アドバイザー的機能が搭載された買い替えたばかりの最新機器に導かれて恋を成就させるが、私生活の表も裏も熟知する彼への独占欲に駆られた“彼女”の暴走に振り回される受難をコミカルかつシュールに映す『ジェクシー スマホを変えただけなのに』。聴くからに知性とセクシーさを兼ね備えつつ、変化を恐れ孤独な毎日に甘んじる主人公には容赦なくダメを出すサディスト風でもある“感情の芽生えたスマートフォン”なる破格のタイトルロールを、演技派女優ローズ・バーンが、さりげなく芸の細かい趣豊かな声で見事に具現化。主演を務める人気コメディアンのアダム・ディヴァインとの絶妙の掛け合いで、辛辣で際どいユーモア満載のブラック・コメディとして展開するが、来るべき未来への警鐘を忍ばせた『2001年宇宙の旅』(68)の人工知能HAL9000よろしく、ひとと機械との力関係に乱れが生じ、ジェクシーが携帯電話の役割を逸脱して持ち主に危害すら及ぼし始めると、スリラーのごとき様相を呈してくる。ひとよりもスマホと対峙している時間の方が長そうにさえ思われる昨今、爆笑しながら他人事とも割り切れない妙な生々しさに、ぞわっと戦慄走る注目作だ。

1933年、ナチスの台頭に危機感を募らせつつ、世界中が不況に陥る中、ソ連だけが経済的に繁栄している現状にも疑念を抱く英国人記者の目を通し、ひた隠しにされていた思わぬ事実が明かされていく『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。線の細かった若きレオナルド・ディカプリオが詩人ランボーの奔放な才気をふてぶてしくも美しく体現した『太陽と月に背いて』(95)、大作曲家の晩年を女性写譜師とのかけがえのない関係性の中で情感豊かに描く『敬愛なるベートーヴェン』(06)など、歴史に名を刻む人物を題材にする際にも、畏敬の念に根差した鋭い洞察眼を貫き、いわゆる実録ものや社会派作品とは一線を画す陰影に富む秀作へと昇華させてきたポーランドの名匠アグニェシュカ・ホランド。本作では、好奇心や正義感に駆られるジャーナリストの血を騒がせ、随所に張りめぐらされたソ連当局の監視網をも大胆不敵にかいくぐる、実在の記者ガレス・ジョーンズの無謀にも思える命懸けの潜入取材に密着。モスクワからウクライナへ、闇深いベールに包まれた秘密の本質へと迫るにつれて急激に色を失う殺伐とした画面が、ジョーンズ自身も体感することになる“不都合な真実”の衝撃の強さを静かに物語る、ホランド監督熟練の剛腕ぶりが堪能できる力篇だ。


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