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こらむ・シネマ百景 第171回 “流浪/愚弄”

こらむシネマ百景タイトル画像映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

第171回 “流浪/愚弄”

 

当初に予定されていた今春から来年へと持ち越された『街の上で』(19)の公開も待ち遠しい、注目度を増す今泉力哉監督のキャリア初期を代表する『サッドティー』13)が、〈バック・トゥ・ザ・ナナゲイ〉の企画の一環でリバイバル上映される。一度きりの人生なのに、ひとつだけ、ひとりだけしか選ぶことを許されない、生まれつき欲張りにできている人間が背負わされる究極の矛盾。そこから派生する悲喜こもごもを、“こんなはずじゃなかった”と右往左往する男女のもつれ合いを通し、温かな共感とシニカルな拒絶を織り交ぜ俯瞰する絶妙の距離感は、売れっ子となった近々の今泉監督作品にも特徴的に貫かれている。あまりにも不器用で愚直な人物たちの狼狽をクスクスと笑いつつ、結局はいかなる選択肢にも満足できず漂流を続ける彼らに、心のどこかで親密ささえ覚えてしまう、味わい豊かな群像劇だ。

https://www.sad-tea.com/

 

ホロコーストを生き抜き作家となったイェジー・コシンスキの、母国ポーランドでは発禁となった小説に魅せられたチェコ出身の監督が、国際色豊かな製作陣と組み映画化に挑んだ『異端の鳥』。陰影に富むモノクロームの映像に加え、敢えて物語の場所を特定しないことで普遍性を帯び、ひとが想像や思考を放棄してしまえば、差別や虐待に日常が侵食される歴史が延々と続いていくと示唆する警鐘が、時空を超えてズシリと響きわたる。ユダヤ人というだけで理不尽な烙印を押された少年が、信じては裏切られる出逢いと別れを繰り返すうちに、生きるための知力を育む一方、大切な何かも失っていく。物言わぬ彼のすべてを見透かすがごとき眼を通して、ひとの際限なく増長する残虐性や愚かしさが露わにされていく中で、負けぬくらい寡黙なバリー・ペッパーふんするソ連兵が垣間見せるぶっきらぼうな善意が、ひときわ胸に染み入る。居場所を求めて流浪を余儀なくされた少年の、壮絶な旅の終わりに見せる複雑な趣の表情が、いわく言い難い余韻にどっぷりと浸らせる、静謐なトーンに恐るべき熱量をはらむ抒情詩である。

http://www.transformer.co.jp/m/itannotori/


アメリカのジャック・ロンドンの自伝的小説を、イタリアのナポリ出身のピエトロ・マルチェッロ監督が故郷に舞台を移し映画化した『マーティン・エデン』。労働者階級で揉まれつつ生きてきたマーティンが、良家の娘に一目惚れしたのを機に教養を身につけんと一念発起し、やがて文学の道を志すようになる。娘の家族や知人は繕った言葉の裏でマーティンに蔑みの視線を向けるが、彼自身は娘に夢中でまったく意に介さぬため、ブルジョワに潜む卑しい俗っぽさが却って印象づけられる。ヴェネツィア国際映画祭男優賞受賞も納得のルカ・マリネッリが、自己の可能性に懸ける有言実行の猪突猛進ぶりを、同性をも虜にしそうなオーラをギラつかせて豪快に体現するのみならず、目指すべき高みに到達したあとの、待望したはずのものさえ脆くも色褪せて見えてしまう虚しさをも、細やかに演じきる。生き急ぐあまり、成功を手にしたそばから、早すぎる“余生”と格闘せねばならなくなる青年の途方もない絶望に、幸せという永遠なる神秘ゆえの底知れぬ残酷さがにじむ、痛切かつ濃密な立志伝だ。

http://martineden-movie.com/

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