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こらむ・シネマ百景 第173回 “セルゲイ・ロズニツァ 「群衆」ドキュメンタリー3選”

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
第173回 “セルゲイ・ロズニツァ 「群衆」ドキュメンタリー3選”

カンヌで受賞するなど国際的に賞讃されつつ、日本では未公開だったウクライナ生まれのセルゲイ・ロズニツァ監督のドキュメンタリー3作品が、遂に劇場初公開。劇映画でも高く評価される気鋭が、記録された“真実”に潜む欺瞞や、集団の中に埋没しがちな個人の在りようを透徹したまなざしで炙り出し、ドキュメンタリーの枠組みを大胆に押し広げてみせる。

クーデターを企てたとされる容疑者8名を問答無用に追い詰めていく、1930年にモスクワで行われた裁判の様子を臨場感たっぷりに映し出す『粛清裁判』(18)。ウラジーミル・レーニン亡き後、権力の独裁化をさらに推し進めたヨシフ・スターリンによる弾圧のはじまりで、反スターリン=罪人と決定づけられた有識者たちが、傍聴する大勢の前で吊し上げにされる“勧善懲悪”の法廷劇を、まざまざと見せつけられることになる。そして、最後の最後に明かされる驚きの真相とその後の顛末に、不満分子は手段を選ばず排除する最高指導者の非情さが不気味に覗き、並みのホラー顔負けにゾワッと背筋が凍りつく。

暴虐を重ねてトップに君臨し続け1953年3月5日に亡くなったスターリンの、国を挙げての大々的な葬儀の模様を発掘した『国葬』(19)。元々は“ありのまま”が記録されたアーカイヴ映像にも関わらず、どのショットも“映画みたい”に出来すぎの画になっていることに驚かされるが、そこに充満する同調圧力にも似た異様な緊迫感は、カメラの向こう側に張りめぐらされた不特定多数の監視の目のような不穏な気配を意識させる。故人への崇拝心一色に大行列をなす参列者たちの、演技では太刀打ちできない真に迫った嘆きように、ある種の感動さえ湧き起こるとともに、人生の集大成としてスターリンが仕掛けた、あまりにも壮大な劇場型犯罪の共犯者に丸め込まれそうな居心地の悪さや戦慄をも覚える。棺の中からも糸を引き続けるスターリンのほくそ笑む姿まで透けて見えるような、膨大な映像資料を吟味し息を呑む衝撃作へと練り上げた、ロズニツァ監督の手腕が存分に堪能できる必見の1本だ。

ベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所跡地に押し寄せる今どきの観光客たちを、カメラを据え置き淡々と見つめるモノクロ作品『アウステルリッツ』(16)。たったひとりのために国家総出で大層に弔われる生命と、劣悪な環境下で次々と絶たれる生命の重みについて思いをめぐらせ眺めるも、かつての悲劇の現場をせわしなく行き交う人びとの足取りは浮つき気味で、ツアーガイドの解説がBGMのごとく空転する中、自撮り棒まで駆使して写真撮影にいそしむ者もいる。そんな姿が公にさらされているとは知る由もない彼らは、被写体というよりも覗き見される対象に近く、自由や尊厳を奪われた収容者たちと、シニカルな形で重なって見えてもくる。無節操にシャッターが切られるツアー客のカメラと、無防備な彼らを黙々と捉える固定カメラが、あまりにも日常的になってしまった、撮る⇔撮られる行為に潜む残虐性さえ浮き彫りにする、映像作家の道を選んだロズニツァ監督の自戒も込めた覚悟のようなものが滲む、独特の味わいの異色ドキュメンタリーである。


第七藝術劇場での上映情報:http://www.nanagei.com/mv/mv_n1499.html

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Author:nanagei
大阪 十三のミニシアター「第七藝術劇場」「シアターセブン」です。
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【連載記事】
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