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こらむ・シネマ百景 第178回 “革新犯”

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映画ライター服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

178革新犯

 

幼少の頃より男子と切磋琢磨しながら野球の才能を伸ばし、様々な固定観念や常識を打ち破ってきた女子高生が、最難関のプロの厚き壁に挑む『野球少女』。日々の暮らしに忙殺される母親や野球部の監督からは現実を見るように諭されるものの、夢を諦めきれないスイン。周囲の理不尽や無理解に抗い奮闘を続ける彼女のひたむきな姿が、プロの道を絶たれて酒に溺れた苦い過去をもつ新任コーチの心をも突き動かす。ウィークポイントを逃げ道にすることなく、持ち前の長所を人一倍の努力で磨き上げ、男女が同等に立てる新たなスタートラインの開拓を模索するスインとコーチの二人三脚の戦略は、世間の荒波を泳ぎ抜くのに必要な知恵やヒントを分け与えてくれる。現状を冷静に受け止め見極めることに長けたヒロイン像が異彩を放ち、単なるスポ根やサクセスストーリーとは一線を画す、ユニークな味わいの快作だ。

https://longride.jp/baseballgirl/

 

いつも何かが足りないおっちょこちょいなネコと、愛らしい外見に狡猾さを秘めたネズミとの仁義なき戦いを描くアニメーションを、誕生から80周年を迎える節目の年に実写映画化した『トムとジェリー』。ネコとネズミの通常の力関係を逆転させることで、過激かつシニカルなユーモア溢れる攻防をエンドレスに展開するのを可能にし、幅広い世代に支持されてきた人気シリーズ。そんなアニメーションだからこそ許されるアナーキーな特性は、今回の実写版でも果敢に踏襲されている。ふんだんな毒気も魅力の短篇オムニバスを長篇映画へと膨らませたうえに、彼らの戦いの舞台を現実世界にまで侵食させる大胆不敵な試みによって、対戦の構図は、定番のトムVSジェリーの一騎打ちから、トム&ジェリーVS巷の人びとへと自ずと移行。互いを知り尽くすがゆえに遠慮の一切ない超絶バトルが、大都会ニューヨークを尋常ならざるカオスへと陥れる。同シリーズがいかに先鋭的であったかを再認識させられる、予期せぬ発見に満ちた怪作であった。

https://wwws.warnerbros.co.jp/tomandjerry-movie.jp/

 

通勤途中の不慮の事故で昇天するも、ちょっとした手違いから92分間だけ猶予を得た中年男性の奔走をコメディタッチで描く『ワン・モア・ライフ!』。妻子と過ごす平穏なひとときよりも、密やかな火遊びや賭け事など刹那的なスリルや快楽を求めてきたパオロ。ほどほどに健康にも気を遣い、まだまだお迎えは先のことと高をくくっていた彼の狼狽ぶりは、死に日々近づいている中で、その事実からはできるだけ目を背けようとしている自分たちにとっても他人事ではない。これまでの奔放な振る舞いを反省し悔い改めるには、あまりに短いα”にあくせくするパオロの一世一代の悪あがきに、反抗期の娘との久しぶりの対話や息子の送迎など、実にありふれていて劇的なドラマが起こらないのも、ささやかな日常にこそ幸福が転がっていることの証にも見える。人生のロスタイムを現実に獲得することは難しいが、ままならない状況が続く今を前倒しのロスタイムと捉え直すことができれば、先を見据えてもう少しだけ踏ん張る覚悟のようなものが芽生えるかもしれない。

https://one-more-life.jp/

中国に生まれ米国で映画制作を学んだ女性監督クロエ・ジャオが、こだわりの詰まった愛車で寝泊まりしながら旅を続けるノマド=遊牧民の生き方に光を当て、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞をはじめ数々の映画賞を現在も席巻中の『ノマドランド』。経済危機のあおりを受け、職も住居も失ったファーンは、亡き夫との思い出の品々を乗せたキャンピングカーで住み慣れた土地を後にし、各地で短期労働をこなしながら、各々の事情で同様の道を選んだ仲間たちと交友を育む。全篇出ずっぱりのフランシス・マクドーマンドが、積み重ねた歳月が個性豊かな風貌からにじみ出た実際のノマドたちとともに、現実と虚構の間を曖昧にたゆたう稀有な作品世界を構築し、多彩な作品で披露してきた真に迫る演技の礎にもなっていると思しき人間力を存分に発揮。息を呑むほど美しくも厳しい自然を背景に、時には過酷な旅路であっても、名コメディエンヌでもある彼女の愛らしさが、凍てつく空気にやわらかな趣を添える。別れ際、「さよなら」の代わりに「では、また」と言葉を交わす旅人たちの流儀が、もう逢えない誰かにだって心でつながれる、孤独を愛でつつ生きる拠りどころのようなものに気づかせてくれる佳篇だ。

 

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