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こらむ・シネマ百景 第179回 “いのちの選択”

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映画ライター服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
第179回 “いのちの選択”
 
日頃の活動を追ったドキュメンタリー『けったいな町医者』(20)も制作された尼崎の在宅医・長尾和宏氏の著書をモチーフに、実話に基づく良作も数多い高橋伴明監督が、病院勤務から在宅医の道を選んだ青年の葛藤と成長を少々過激なユーモアも交えて描く『痛くない死に方』。前半ではタイトルとは裏腹に、病院での延命治療を拒み在宅医療を選ぶも、苦しみ抜いて亡くなる末期がん患者とその娘の痛ましい顛末が映し出されるが、後悔だらけの青年医師の忘れられない実体験が、あるべき在宅医像を見つめ直し、それを目指して生きる覚悟のようなものを育む機会を与える。高橋監督初の一般映画『TATTOO〔刺青〕あり』(82)以来の盟友・宇崎竜童が、迫りくる死期を意識しつつも、男の色気を枯らすことなく、気丈な愛妻と遺された日々を揚々と過ごす鳶職人を快演。誰にでも死は訪れるが、家族の協力を支えに自分の意思を最期まで全うできれば、その痛みも緩和されるかもしれないことを、二人の患者の対照的な運命が物語る。病院を見舞うことすらままならない現状ゆえ、一度きりの人生の仕舞い方が、より深い示唆をもたらす人間ドラマとなった。
 
外見に幼さを宿す18歳以上の女性3人を、SNS上では12歳と偽り登録させる“やらせ”を仕掛けることで、成人男性の未成年への性的欲望を炙り出す『SNS ‐少女たちの10日間‐』。特異なオーディションを経て選出された三者三様の魅力を放つキャストが、スタジオに組まれた三部屋のセットを各々の思い出の品も交えて自宅っぽく仕立ててSNSで友達を募集すると、映画の撮影などと知る由もない野郎どもがあれよあれよと食いつく。“12歳の少女”に対して人生の先輩風を吹かせて優しく接したかと思えば、やり取りを重ねるうちに、いびつな性癖や脅迫まがいの卑劣さをむき出しにする男たち。撮影期間中、極めて不健全な状況に置かれる女優陣の心身のケアを担う専門家チームのサポートを徹底させながらも、明らかにに疲弊していく(なんちゃって)少女ら同様に、できれば見たくないものを見せ続けられるこちら側も眉間がしわだらけになる中、ある青年の登場が、かなりの策士である製作陣でさえ予想しなかったであろう感動的な瞬間をもたらす。男性観をズタズタに引きちぎられた挙句、紳士であることがいかに稀有で素晴らしいかを改めて痛感させられる、後に警察をも突き動かしたというチェコ発の野心的ドキュメンタリーである。
 
子どもに恵まれない夫婦に卵子を提供する“エッグドナー”を志願した、虚無を抱える従姉妹の心模様を丹念に描く『Eggs 選ばれたい私たち』。将来への漠たる不安も拭えぬまま、結婚にも出産にも現実味を見出せない29歳の純子は、ドナー登録の説明会で従妹の葵にばったり出くわし、ボーイッシュな彼女が同性愛者であることを初めて知らされる。性格もペースも違うが、周囲が期待する“普通”の幸せから縁遠そうな点では共通するはぐれ者同士の、衝突しながら手を携え合う束の間の同居生活が綴られる。ほぼ男性を登場させない潔さも光る本作で長篇デビューを飾る川崎僚監督は、この身体で生まれてきた意味をそれぞれに模索する従姉妹の軌跡を通し、公私にわたり何かと気ぜわしいカウントダウンや難しい選択を迫られる、女性ならではの面倒な悩みを実感たっぷりに描出。いくつになっても別の生き方ばかり夢想し、必要とされる場所を求め続けてしまう、切ないほどに欲張りな彼女たちを丸ごと受け止めようとする、懐深い意欲作に仕上げた。

色々なことが起こりすぎて、心が追いつけなかった2020年、突然舞い込んだチャドウィック・ボーズマンの訃報にも、にわかには信じ難い衝撃を受けた。あらゆる面で金字塔を打ち立てる当たり役となった『ブラックパンサー』(18)の撮影の合間も密かに闘病していた彼が、製作にも名を連ねて心血を注いだ最後の主演作が『21ブリッジ』。某日深夜にマンハッタン島で起きた2人組によるコカイン強奪事件に伴い、多数の警察官が命を落とす。優秀な警官だった父が殉職し、自身も事件解決のためなら躊躇なく犯人に銃を向ける孤高のデイヴィス刑事は、麻薬取締局の女性捜査官とコンビを組まされ、マンハッタン一帯を封鎖可能な午前5時をタイムリミットに捜査に奔走するが、不穏な何かに操られているような違和感に襲われる。壮絶な銃撃戦に息を呑む序盤では、私欲に走り警官を次々と殺害する残忍な犯人像が印象づけられるが、彼らの背景や事件の裏側に潜むおぞましい真実が徐々に明かされるにつれ、正義と悪とでは容易に割り切れない現代社会の根深い闇へと、観る者も誘われていく。裁き、裁かれる側の狭間に迷い込み、生命の重みの有無を突きつけられ苦悶する刑事をボーズマンがリアルに生き切った、鬱積した問題が表面化しつつある今の時世を鋭くえぐる力篇だ。
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