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こらむ・シネマ百景 第160回 "いききる"

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

 “先手必勝”の熾烈な株取引の世界を背景に、証券取引所への最短アクセスを可能にする独創的アイディアを実現させるべく、あらゆる権力にも屈せず邁進する従兄弟たちの孤軍奮闘を活写する『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』。思いもかけない余命宣告や元上司の執拗な妨害に懸命に抗い、プロジェクトに没入する野心家の狂気や脆さをも繊細に演じるジェシー・アイゼンバーグと、超然たる容姿を逆手に、抜群の頭脳ながら社会性ゼロの猫背な天才役で新境地を開くアレクサンダー・スカルスガルドが、かけがえのない補完性で結ばれてこその威力を放つ、『レインマン』(88)の凸凹兄弟の系譜にも連なる迷コンビを好演する。メガホンをとるのは、アフリカの紛争国の過酷な現実を詩的な名シーンの数々へと昇華させ、アカデミー賞候補にもなった『魔女と呼ばれた少女』(12)のキム・グエン監督。素人には取っつきにくい、最先端技術に絡む一見無機質な題材ながらも、ゴリアテとダビデの逸話を効果的に挿入し、生命を懸けてでも譲れない大切な何かのために勝ち目の乏しい闘いに挑む、夢追いびとの満身創痍の勇姿に心打たれる佳篇へと仕上げた。


 突然亡くなった母の何気ないひと言を胸に刻む、少々ぶっきらぼうだが友だち想いの少年と、悲しい記憶の遺る福島を離れて、束の間の保養に訪れた少女との、短くも濃密なひと夏の日々を綴る『藍色少年少女』。ひょんなことから出し物の「青い鳥」で主役を演じることになった役づくりと称し、ふたりで連れ立って幸せの意味を探しにささやかな冒険を続ける中で、友情とも愛情ともつかない、何ともこそばゆい関係性を育み合う初々しい姿が、どことなく藍色がかった美しいモノクロームの映像によって映し出される。近所の工房で働くワケあり風の女性に母の面影を重ねる少年や、亡き愛妻のアトリエを“開かずの間”にすることで痛みを癒そうとするその父を横目に、しょっちゅう携帯電話がつながらなくなる天衣無縫な少年の妹が、妙に弱っちい年長の男たちよりも堂々と前を見据え、随所で大物ぶりを発揮する。傷ついてもまたすぐに立ち上がる、子どもたちには潜在的に備わっているらしい生への活力に、むやみに先回りばかりして憶病になりがちな大人たちも背中を押される、清々しい青春映画だ。


 “大器晩成”の猶予も目前に迫る売れないミュージシャンが、たった12秒間の謎の停電が基で交通事故に遭い、自慢の口ひげと前歯を失い目覚めると、そこは、ビートルズ(+α)の存在しない、ちょっとだけ歪んだ世界だった――。そんな思いつきにも近い奇想天外な設定を、とことんやり抜く覚悟で具現化してみせた挑戦的な意欲作が『イエスタデイ』。時には危うい毒さえ喰らう鬼才ダニー・ボイル監督と、『フォー・ウェディング』(94)、『ラブ・アクチュアリー』(03)などの善意の脚本家リチャード・カーティスとの、いささか食い合わせの悪そうな初タッグを成功に導いたのは、新星ヒメーシュ・パテルの朴訥とした魅力を最大限に引き出す、奇特な主人公像。はじまりは、言わずと知れた名曲の数々を、おぼろげな歌詞の記憶を頼りに、自ら書きおろした新曲の体裁で発表する、ややもすると狡猾で強欲に映りかねない人物ではある。しかし、悲願だったはずのスター街道を駆け上がるにつれ、日に日に膨れ上がる取り巻きの熱狂ぶりとは裏腹に、当の本人は、ビートルズの偉大さを知る地球上で唯一の存在かもしれない重責に身震いしつつ、それを次代に生かし続ける伝道者のごとく、襟を正してステージに臨んでいく。少々の皮肉と遊び心に並々ならぬ音楽愛が溶け合う、まさかのご対面シーンも感動的な、オリジナリティ溢れる逸品であった。


 近隣とのつながりが息のつまるほど密接な地方都市を舞台に、ある少女の失踪事件がもたらす、幾重にも複雑に広がる波紋のひだの奥に、12年のスパンを設け、執拗なまでに深く分け入らんとする重厚な群像劇が『楽園』。映画化が相次ぐ吉田修一の短篇集をモチーフに、いかなる役柄もおざなりに扱うのをよしとしない瀬々敬久監督が、自らの手で脚色。被害者も容疑者も、その家族や周囲の面々も、すべてが同じ地平の上で特別な存在を失い、止まったままの時間に囚われ身動きできなくなりながらも、最期まで生きようと苦悶するさまを、多彩な実力派キャストが見事なアンサンブルで魅せる。とりわけ、『ヘヴンズ ストーリー』(10)、『64 ‐ロクヨン‐』(16)などで、瀬々監督と頼もしき共犯関係を結んできた佐藤浩市が、なぜか犬にだけは滅法愛される男やもめとして作品の核を担う。愛想よさげな個々でも〇分の一になった途端に暴発する、おぞましき人間の悪意にさらされ、次第に追いつめられていく村八分の末の途方もない絶望を、年輪を重ねてきた今だからこそ到達し得る、渾身の力演でリアルに体現した。


(映画ライター 服部香穂里)

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