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こらむ・シネマ百景 第155回 "生と死をみつめて"

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映画ライター 服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

 インドネシア×西部劇×女性主人公という、"混ぜるな、危険!"的な異色の掛け合わせが奏功し、東京フィルメックス最優秀作品賞など、各国の映画賞を席巻した『マルリナの明日』。息子と夫を相次ぎ亡くし、荒野に佇む一軒家にひとりで暮らすマルリナは、女性に敬意を払おうともしない強盗団の下っ端らを毒入りスープで一気に片づけ、レイプしようと襲いかかってきたボスの首を剣ナタではねる。外から丸見えの生首をお守り代わりにぶら下げ、自首するべく警察に向かうマルリナだが、難を逃れた残党の執拗な追跡に遭う。フェルメールの絵画の題材にでもなりそうな、光と影のコントラストが美しい静謐な屋敷内で、いかにも不釣り合いな惨劇が繰り広げられるが、そのすべてを黙々と見守り続けるのが、グロテスクさを超越して厳粛な神々しさすら漂う、夫のミイラ。暴力に暴力で抵抗を試みても虚しさばかりが募る、哀しき殺人者の張り裂けそうな胸中を、ただならぬ存在感の"彼"が、代弁してくれているかのようだ。運悪く道中でマルリナと出逢ってしまう、見て見ぬふりできないお人好しな妊婦の友人と育み合うバディ感が、凄惨な物語のその先に、かすかなカタルシスをもたらしている。


 最愛の母の死から立ち直れず、投げやりに青春を浪費する女子大生が、なぜか決まって謎の覆面人物に殺害される、悲劇の誕生日を繰り返すタイムループにはまり込んでしまう『ハッピー・デス・デイ』。いつも最悪の寝覚めを迎える部屋の主の好青年に後押しされ、彼女の人徳のなさを象徴するギュウギュウ詰めの"容疑者"リストを手当たり次第にあたるも、バラエティ豊かな最期を遂げる度に健康状態まで悪化し、タイムリミットが刻一刻と迫る。いかにもお高く留まったイケイケの姉ちゃんが、"死ぬ気になれば、何でもできる"と開き直り、自身の残酷すぎる運命や刹那的快楽に溺れる荒んだ日常と向き合ううちに、見失いかけていた本来の自分をも取り戻していく。そんな成長を通して観る者の共感や好感度を急激に獲得しなければならない難役を、見事なコメディエンヌっぷりを発揮するジェシカ・ロースが好演。多彩なジャンル映画の要素を貪欲にぶち込んだ、規格外のホラーの快作をパワフルに牽引し、日本では連続公開される2年後に製作された続篇では、さらに繊細な演技で涙すらも誘う、今後の活躍に期待大の注目株だ。


 スティーヴ・マックィーン&ダスティン・ホフマン主演の73年の映画版も今なお愛され続ける、終身刑囚として壮絶な日々を生き抜いたアンリ・シャリエールの実体験に基づく原作を、半世紀近くの時を経て再映画化した『パピヨン』。殺人の濡れ衣を着せられた屈強な金庫破りが、通貨偽造で終身刑を喰らった虚弱な囚人と手を組み、醜悪な裏切りや打算が渦巻く生き地獄のごとき徒刑場で、真の自由を希求し脱獄を企てる。TV界での活躍に比べ、映画界ではあと一歩ブレイクしきれずにいたチャーリー・ハナムが、時折マックィーンかと見まがうカリスマ性と粗削りな親しみやすさとを両立させ、前作との比較を余儀なくされるリスキーな企画をモノにし、代表作とした。対する相棒役の、『ボヘミアン・ラプソディ』(18)を驚異の大ヒットへと導いた立役者ラミ・マレックは、本作でも万人の母性本能をくすぐるマスコット的な愛くるしさを遺憾なく発揮。ついつい世話を焼きたくなる魔性の疫病神と、そんな彼に魅入られた兄貴分との波乱万丈の友情物語として、オリジナル版とは一味違う、爽快な余韻の娯楽作に仕上がっている。


 英国代表として出場した76年の五輪では金メダルに輝いた、卓越したフィギュアスケーター兼アーティストでありながら、自らのセクシュアリティや自己破壊的な気質とも格闘し続けたジョン・カリー。44年の短くも濃密な生涯を駆け抜けた不世出の存在に、数々の証言や、貴重な書簡や史料映像も交えて、様々な角度から光を当てる『氷上の王、ジョン・カリー』。男性的な動きが求められる当時のフィギュア界の風潮に対して、独特の美学を貫くカリーは、幼少より憧れ続けたバレエの要素なども取り入れ、フィギュアスケートをスポーツから儚くも美しい瞬間的な芸術へと革新。オフレコの発言をマスコミに暴露され、同性愛者であることが世間に知れわたっても、競技者人生に終止符を打ち、気鋭の振付師と練り上げた独創的なプログラムを引っ提げ、自ら主宰するカンパニーとアイスショーを公演し世界中を魅了する。仲間たちがHIVで次々と倒れ、自身にも死の気配が忍び寄る中、心身をすり減らしてでも、躍動する生のきらめきをエネルギッシュかつエレガントな作品群に昇華させた孤高の天才の勇姿を、記憶に鮮烈に刻みつけるドキュメンタリーの佳篇だ。


(映画ライター 服部香穂里)

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