fc2ブログ

記事一覧

こらむ・シネマ百景 第217回 “浮遊層たち”

こらむシネマ百景タイトル画像
映画ライター服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』

第217回 “浮遊層たち”

 

フランスの文豪バルザックが後半生を捧げた、「人間喜劇」シリーズの1篇を映画化した『幻滅』。19世紀前半、片田舎の印刷所で細々と働きながら、詩人としての大成を夢見る純朴なリュシアン(バンジャマン・ヴォワザン)は、彼の才能に惚れ込む貴族の人妻(セシル・ドゥ・フランス)と駆け落ち同然でパリに赴くものの、庶民を見下し階級意識に支配された社交界の痛烈な洗礼を浴びる。生活にも困窮する中で新聞記者の職を手にしたリュシアンは、金のためなら手段を選ばぬ非情な世界で、真偽も良識さえも疑われる記事を面白おかしく書き連ねて頭角を現すが、貴族に対する異様なまでの執着や、刹那的な享楽に溺れるうちに、思い描いてきた理想や目標を見失っていく。バルザックの愛読者を自認するグザヴィエ・ジャノリ監督が、世の本質を鋭くえぐり古びることのない原作の中に現代性を見出し、弱肉強食な都会の狂騒に絡めとられる感受性豊かな文学青年の堕落を通して、金銭に目がくらみ大衆に迎合するマスメディアの腐敗を、冷徹なまなざしで容赦なく映し出す。フランス本国のセザール賞では、作品賞など7冠に輝いた注目作だ。

■『幻滅』

https://www.hark3.com/genmetsu/#modal


 

リノベーションを控える祖母の家を片づけに訪れた姉妹の心の揺れやざわめきを、モノクロームの映像で繊細に捉える『ナナメのろうか』。かけがえのない時間を共有してきた家屋で、感慨深いアイテムを発掘したり、童心に帰って懐かしい遊びに興じたりしながら、想い出話に花を咲かせる姉妹。近しいがゆえに衝突したりもする姉妹ふたりきりで過ごすうちに、娘を出産してからはプライベートよりも家庭を優先させてきた姉と、シングルマザーの未来を見据えて妊娠中の子どもの父親については言葉を濁す妹とのあいだの、密かに折り重なる差異やズレが、浮き彫りにされていく。『ある惑星の散文』(18)で初の劇場公開を果たした深田隆之監督が、幾度となく屋内外の周回や階段の昇降を反復させつつ、姉妹に潜む業にも迫り、勝手知るはずの心地よい居場所を、不穏な異空間へと変貌させる。制約をも逆手に取り、44分の中に様々な趣向を凝らした意欲作。

■『ナナメのろうか』

https://www.itchan-and-satchan.com/


 

同じ名前をもつ青年と少年の生きる時空が、1冊の日記を介して交錯しながら侵食し合うさまを、ミステリアスに映す『郊外の鳥たち』。地盤沈下が深刻な地方都市に調査のため訪れた測量技師のハウ(メイソン・リー、アン・リー監督のご子息)は、廃校になった小学校に置き去りにされた、自分と同名の少年の日記を見つける。開発下で変化を余儀なくされる日々をも、目一杯に楽しむ子どもたちの姿が生き生きと綴られたノートを読みふけるにつれ、ハウを取り巻く現実と日記の中の出来事が、地続きのごとく錯覚されていく。本作で長篇デビューを飾るチウ・ション監督は、放課後をともに過ごした帰り道々、別れの瞬間を慈しむようにハグし合うのが日課の仲良し同級生が、月日の経過の中で、ひとりずつフェイドアウトするさまを印象深く捉え、2018年の制作ながらも、当たり前に思えた日常の儚さや愛おしさを、抒情豊かに描出。ノスタルジックな風情とSF的な近未来感が絶妙のバランスで溶け合う、映画でしか描けない異様な世界へと誘われる怪作。

■『郊外の鳥たち』

https://www.reallylikefilms.com/kogai



映像作家のイマジネーションを駆り立て続けている児童文学に、社会性みなぎるリアルな肌ざわりのファンタジーにも手腕を発揮してきた異才が挑み、ミュージカル仕立てのストップモーション・アニメへと昇華させた『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』。第一次大戦で愛息を亡くし絶望のどん底に陥るゼペット爺さんの、子煩悩な父親としての側面が冒頭で丹念に描かれ、天衣無縫なピノッキオを、非の打ち所のなかった息子を偲び優等生的な型に押し込めんとする親の身勝手なエゴに、ファシズム一色に染められつつある当時のイタリアの風潮の危うさをも重ねてみせる。悲嘆の老父のみならず、ユアン・マクレガーが歌唱力も活かしてエレガントに肉付けした教育係のこおろぎ・ジムニー・クリケットや、敵役として登場するも頼れる存在へと移行する片目のテナガザルら異形仲間をも感化してしまう、とびっきり無垢な人間力を宿す人形が巻き起こす大旋風をダイナミックに活写し、限りある生命のまぶしさに温かな涙が溢れ出す、アカデミー賞など映画賞を席巻した珠玉作だ。

■『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』

https://www.pinocchio-jp.com/

★第七藝術劇場にて、4/1(土)より上映

http://www.nanagei.com/mv/mv_n1758.html

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nanagei

Author:nanagei
大阪 十三のミニシアター「第七藝術劇場」「シアターセブン」です。
http://www.nanagei.com/
http://www.theater-seven.com/
【連載記事】
★映画ライター服部香穂里さんの『こらむ・シネマ百景』
★『1万円は遊び代』関西で活動する人たちが、今月遊びに行くのはこんなとこ!

最新コメント